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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12314号 判決 1989年9月28日

主文

一  被告は、原告に対し、金五五万円及びこれに対する昭和六二年九月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地について昭和四八年三月二六日売買を原因とする持分九六三分の一の持分一部移転登記手続をせよ。

2  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年九月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件売買契約の成立

1  原告は、昭和四八年三月二六日、被告から船橋グリーンハイツと称する大規模な団地に属する建物(二)を、その共用物件及びその敷地の共有持分と共に八三五万円で買い受けた。その対象となった物件は次のとおりである。ただし、以下の持分比率は、計画変更により多少の変更があることは、契約でも定められていた。

(一) 土地

(1) (二)建物の敷地関係(ブロック内の区分所有者の共有)

所在 千葉県船橋市緑台二丁目六番弐(元・高根町弐七七九の壱番)ほか

地積 三一〇〇平方メートル

共有持分 販売面積(七二〇三)/八八七〇三四

(2) 団地内の区分所有者の全体共有関係

所在 同町弐八壱弐番ほか

地積 一八九三〇平方メートル

共有持分 一/販売戸数

(3) 団地内の南側の区分所有者の共有関係

所在 同町弐七壱六番ほか

地積 二三八〇平方メートル

共有持分 一/九六三

(二)建物

一棟の建物の表示

所在 緑台二丁目六番地弐(元・高根町弐七七九の壱番地)

建物番号 船橋グリーンハイツ弐号棟

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根壱壱階建

床面積 壱階 五壱壱・八五平方メートル

弐ないし壱壱階 各四壱参・七四平方メートル

専有部分の建物の表示

家屋番号 緑台二丁目六番地弐の九参

建物番号 弐-六-弐-七〇六

種類 居宅

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 七階部分 六九・九弐平方メートル

共用部分

専用利用部分 右専用部分に属する専用ベランダ

共用部分 建物の基礎、床、外周壁、対隣壁、野外階段、廊下、エレベーターホール、エレベーターシャフト、パイピングスペース、屋上等及び建物に附属する共用設備(給排水衛生設備、電気設備(エレベーターを含む。)、ガス設備等)

(三) 野外施設及び整備

(1) 右土地(1)所在 屋外電気設備(街灯等)、給排水衛生設備(ポンプ室ほか)、案内板、ダストスペース、危険物置場その他屋外構築物等

共有持分 (一)(1)に同じ

(2) 右土地(2)所在 受水槽、高架水槽、給水機械室、変電所(北側一カ所)、管理棟(管理人宿舎、休憩所)、未利用地、調整池、プール用地施設等及びその附属設備ほか

共有持分 (一)(2)に同じ

(3) 右土地(3)所在 南側汚水処理場、稀釈池及びその附属設備

共有持分 (一)(3)に同じ

2  被告は、本件団地の敷地を南と北とに分け、南側の区分所有者又は所有者(以下本件では単に「区分所有者」という。)が利用する南側汚水処理場とその敷地(本件土地)を南側の区分所有者の共有とし、北側の区分所有者が利用する北側汚水場とその敷地を北側の区分所有者の共有として売却した。

以上1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  その後の計画変更による変動

被告は、昭和四五年初め、船橋市緑台一、二丁目所在の土地約二五万平方メートルを対象に大規模団地の開発を計画し、同年七月二四日、建築棟数八一棟、総戸数二一七二戸の住宅地造成事業の認可を得たが、その後の事業計画の変更により、最終的には、建築棟数七五棟、総戸数二二三三戸となり、また、団地内の南側の区分所有者数は九七五戸となった。

そして、確定測量の結果、原告所有建物の2-6ブロックの敷地の面積は三六四三・五九平方メートルとなり、また、南側汚水処理場の敷地面積は弐八九五平方メートルとなり、それを除いた全体共有の土地面積(北側汚水処理場の敷地を含む。同敷地面積は当初八一〇平方メートルと予定されていたが、確定測量の段階では、北側高架水槽地等と一緒に面積が表示されており、本件証拠上明らかでない。)は一六三四七・八二平方メートルとなった。このように全体共有地の面積に変動があったのは、契約時に全体共有地と予定されていた調整池敷地九三八七平方メートルが行政官庁の指導により船橋市に移管され、他方、被告所有として留保予定の一四九一平方メートルが無償で全体共有地とされたことによるものであった。なお、調整池を船橋市に移管するについては、被告から本件団地内の全区分所有者に対し、経過を説明する文書を送付すると共に、承諾を取り付ける手続を採った。

以上の事実は<証拠>により認められる。

三  本件土地の登記関係

1  原告が購入した建物についての原告名義での所有権保存登記は、売買契約締結後間もない昭和四八年六月七日に行われた。

この事実は<証拠>により認められる。

2  本件土地を含む共有地についての共有持分の登記については、後日販売が完了した時点で登記手続を行う約束であった。

この事実は、当事者間に争いがない。

3  原告が購入した建物の敷地についての持分(八八七〇参四分の七弐〇参)一部移転登記は、昭和五一年一月一〇日売買を原因として同年三月三一日行われた。

この事実は、<証拠>により認められる。

4  被告は、昭和五〇年秋頃、共有地の土地についての持分移転登記に関し、本件団地の区分所有者から費用軽減の要望が強くなされていたことを考慮し、従前、共有地については、ブロック共有、団地全体共有及び団地内の南北の区分所有者の共有の三種類があったのを、南北の区分所有者に分けて共有とする予定とされていた南側汚水処理場、北側汚水処理場の各敷地を団地全体の共有とすることとして、二種類の共有とすることにより登記費用を節減することを提案した。これに対し、原告らは、登記費用の予定額等の妥当性を問題としたが、南北汚水処理場敷地を全体共有とすることについては、当時としては大きな問題とはしておらず、登記費用が減額されるのであれば、全体共有とすることも止むを得ないものと考えていた。そのため、原告も代表幹事の一員となっている後記する「みどり台自治会」登記管理問題対策協議会は、昭和五二年三月、南側汚水処理場敷地も全体共有とし、抵当権設定登記の対象地から除外するよう住宅金融公庫に申し入れていた。そして、被告側の働き掛けで南北両汚水処理場の敷地をも全体共有として登記申請する区分所有者が続出し、現在、本件土地について持分移転登記をしていない区分所有者は、原告を含め一九名にすぎず、残りの二二一四名は本件土地についても全体共有に属するものとして二二三三分の一の持分移転登記をしている。

以上の事実は、<証拠>により認められる。

5  原告は、昭和五九年一一月五日、被告に対し、<1>登記費用については昭和五〇年一一月当時の評価額、諸手続手数料で算出すること、<2>未登記の全体共有地の固定資産税を被告が負担すること、<3>解決金として一〇万円を支払うこと、<4>被告は謝罪文を提出すること、<5>本件土地の持分移転登記未了者については原告と同一に取り扱うこと等を条件として、南側汚水処理場敷地を全体共有地とする登記手続を認める旨の申出をしたが、これに対しては、被告が拒否した。

以上の事実は<証拠>により認められる。

四  団地管理組合の創立

1  昭和四七年三月、入居者の自治を目的として、対外折衝と内部連絡を目的とする「入居者連絡会」が設立された。この連絡会は、団地居住者の九割程度以上をもって組織されていた。ところが、昭和五〇年八月、連絡会の活動に飽き足らない居住者約一九〇名をもって「みどり台自治会」が設立された。

以上の事実は、<証拠>により認められる。

2  しかし、両会の対立は厳しく、居住者から統一の要望が強くなり、昭和五五年五月に両組織を一本化しようとする「統一連絡会」が設立されたが、役員相互間の意思疎通が十分でなかったため、一本化が実現しなかった。そこで、有志八名をもって、同年八月「正常化委員会」が発足し、その委員会の尽力により、ようやく連絡会、自治会とも解散して、同年九月二三日両組織を統一した「緑台町会」が設立された。

以上の事実は、<証拠>により認められる。

3  そして、昭和五八年秋頃、団地内にいわゆる区分所有法に基づく管理組合を設立しようとする動きが高まり、右町会の管理部を中心として、原告も委員の一人となっている管理組合設立準備委員会が設置され、管理規約案の作成作業を行い、昭和六〇年五月一二日、原告を理事の一員とする「船橋グリーンハイツ団地管理組合」が設立された。そして、その創立総会で反対わずか一票で議決・承認された管理組合規約において、南側汚水処理場の敷地は、北側汚水処理場敷地と共に、団地内の全区分所有者の共有とし、その持分割合は各々二二三三分の一とする旨定められた。

以上の事実は、<証拠>により認められる。

4  管理規約案作成作業に参加していた原告からは、当初南北汚水処理場敷地を全体共有にすることは、本件売買契約に反する旨の異議が出されたが、協議の結果、個別管理より全体管理が簡便・公平であるとの意見が主流となり、原告も、一旦、異議を撤回したため、準備委員会は全員一致で管理規約案を決議し、管理組合設立総会に諮ることとした。しかし、原告は、再び、総会の直前になって南北汚水処理場敷地の全体共有とする規約部分に異議を述べ、また、総会の席上においても、同旨の異論を述べた。これに対し、他の準備委員等から右主張を維持すると、管理組合の設立が遠のくとの指摘を受け、原告も、採決の段階では、管理規約案に賛成するに至った。そして、原告は、その総会の決議により管理組合の理事に選任され、一期一年その理事職を務めたが、その退任後になって再び、本件土地を全体共有とすることにつき異議を主張するに至った。

以上の事実は、<証拠>により認められる。

五  管理費の負担

本件団地においては、本件土地も全体共有として持分移転登記を経た者が多かったことから、昭和五〇年代当初頃から本件土地も全体共有に属するものとして、区分所有者に平等な負担割合を決定して管理費等を徴収してきた。原告も、右徴収方法については、異議を述べることなく応じてきた(南北汚水処理場敷地の面積の対比からは北側が狭く、また、南北の共有者数の比較からは北側が多いことからすると、南北を分離して管理する場合には、南側の区分所有者がより大きな負担をしなければならないとすることが合理的である。)。

以上の事実は、<証拠>により認められる。

第三  争点

一  原告の主張

1  原告は、被告に対し、当初の契約どおり、本件土地について、昭和四八年三月二六日売買を原因とする持分九六三分の一の持分一部移転登記手続をすることを求める。

2(一)  被告は、売買契約に基づく契約内容を誠実に履行しないのみか、原告に属する本件土地の持分の一部を他の区分所有者に二重譲渡した。これは、不法行為に当たる。原告は、昭和五一年頃から本件土地に関する被告の不当な行為に対し抗議を申し入れ、不法な登記手続の停止を申し入れてきたが、被告は耳を貸そうとせず、原告を無視し続け、<1>南北汚水処理場は機能上一体として処理するよう設計されているとか、<2>南北汚水処理場敷地を全体共有とするほうが登記費用は五万円ぐらい安くなるとか、等虚偽の事実を申し向け、多くの区分所有者を偽罔して、本件土地についても全体共有地としての登記を終えたものであり、これに対し正当な主張をしていた原告は、孤立し、これによって大きな精神的苦痛を受けた。この慰謝のためには、七〇万円を下回ることはない金員を要する。

(二)  原告は、本件訴訟が素人では遂行し難いので、弁護士費用として三〇万円を支払う旨の約束で弁護士に依頼した。

(三)  よって、原告は、被告に対し、金一〇〇万円と、それに対する不法行為後である昭和六二年九月三〇日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告は、原告が南側汚水処理場を全体共有地とすることに同意したものと主張するが、原告は、ブロック共有地の登記はしているが、全体共有地については解決していないものとして、未だに登記しておらず、原告が同意していないことは明らかである。

自治会は、ブロック共有地については登記を認めるが、全体共有地には問題解決後に行いたいと考えたので、費用節減の理由を付加して抵当権設定除外特別措置を申し入れたものであり、南北汚水処理場を全体共有にすることを認めたものでない。

また、原告は、船橋グリーンハイツ団地管理組合の創立総会の一週間前である昭和六〇年五月五日に、組合規約に反対の意思を表示していたところであり、総会当日は、明確な反対をしなかったものの、同意したものではない。

4  被告は、原告の請求が権利の濫用に当たると主張するが、いずれも、失当である。

本件土地を含む(一)(3)の土地の持分についての比率が多少変動することがある旨約定されているが、これは南側の区分所有者数が確定していないことによるものであり、(一)(3)の土地が本件団地の南ブロックの区分所有者の共有に属することが変動することを予定はしていなかった。もともと、権利変動が予定されているなら、契約事項にそのような場合の調整規定を設けておくべきだったのであり、それがなかった以上、契約内容を不利に変更することは権利者の同意がない限り許されないことであって、区分所有者の多数決で決めることができることではない(建物の区分所有等に関する法律三一条一項参照)。

調整地の船橋市への移管については、各区分所有者がその理由について理解を示し、全員が同意書を提出した。本件土地についても、これと同じ扱いをすべきだったのであり、これをせずに既成事実を先行させた被告に権利濫用を主張する資格はない。

契約時において、南側の区分所有者の本件敷地に対する持分割合は二・四七平方メートルであったが、北側の区分所有者の北側汚水処理場の敷地に対する持分割合は〇・五五平方メートルにすぎず、合算して全体共有とすれば南側の区分所有者に不利となる。面積的に不利となるだけでなく、南側汚水処理場は敷地も広く、まとまった土地であるので、稀釈池上に蓋をすれば有料駐車場として利用できるし、将来直接放流ということになれば宅地としても利用することができるので、財産価値としても北側とは差がある。

二  被告の主張

1  被告が原告主張の持分の移転登記義務を負うこと及び不法行為責任を負うことは否認する。

2  原告自身も、南側汚水処理場を全体共有地とすることに既に同意している。

(一)原告は、昭和五一年三月、みどり台自治会代表幹事として、南側汚水処理場をも全体共有地とし、費用負担軽減を理由にこの全体共有地を抵当権設定対象地から除外するよう住宅金融公庫に申し入れているが、このことは、原告個人としても南側汚水処理場を全体共有地とすることに同意していた証左である。

(二) 原告は、昭和六〇年五月一二日、船橋グリーンハイツ団地管理組合の創立総会に出席し、南側汚水処理場を全体共有地として、その持分割合を各々二二三三分の一とする旨の管理組合規約を承認している。

3  以下の諸事情によれば、原告の請求は権利の濫用と言うべきである。

(一) 本件団地は最終的には七五棟、総戸数二二三三戸となったが、事業計画を何回か変更し、分譲による入居も三年間に亘った開発事業であった。このような大規模な団地開発においては、数期に分けて建設を遂行しながら分譲可能となった部分より分譲が開始されることは各購入者も十分認識、予想しているところであり、かかる分譲方式においては、購入する建物の構造、専有部分、附属設備等購入者の購入意図を阻害するような契約の基本的な部分を除き、その後の開発計画の変更、事情の変化、全体的な調整の必要等の原因で当初の契約書どおりとならない部分が生じる。現に、(一)(1)の土地も三六四三・五九平方メートルとなったし、契約書当時全体共有地であった調整池(九三八七平方メートル)は船橋市へ移管さぜるを得なくなったし、逆に全体共有地に加わることが予定されていなかった団地西側の被告所有地一四九一平方メートルも全体共有地として無償提供された。このように、本件土地を含む(一)(3)の土地の持分については、計画変更によりその比率が多少変動することもある約定であった。

(二) 本件土地の契約上の面積は二三八〇平方メートルであり、これを契約上の持分九六三分の一で除した原告の持分に相当する面積は二・四七平方メートルであるところ、本件土地と北側汚水処理場の敷地とを合計した面積三二二〇平方メートルを二二三三分の一で除すると一・四四平方メートルであり、かれこれ遜色ない。このような変更によるも、原告の購入したマンションの財産的価値を何ら減殺するものでもないし、原告が利用上の不利益を被ることもない。

(三) 昭和六〇年五月一二日設立された船橋グリーンハイツ団地管理組合の創立総会では、南北両汚水処理場の敷地を全体共有とし、その持分割合を各々二二三三分の一とする旨の管理組合規約が、反対僅か一票ということで議決、承認されている。

(四) 南北汚水処理場の敷地を全体共有地として各々の持分を二二三三分の一とする登記は、現在、二二一四戸について終了しており、理論的には、登記済みの二二一四戸の各二二三三分の一の持分登記を抹消しなければ原告の請求を実行することができないところ、右抹消について二二一四戸の同意を得ることは事実上不可能な事態となっている。

第三  証拠関係<省略>

第四  争点に対する判断

一  契約上の登記請求権の存在

原告・被告間の売買契約上、本件土地につき、九六三分の一の持分移転を約したこと、しかし、この持分割合については計画変更により多少の変更があることが予定されていたところ、本件土地の面積が二三八〇平方メートルから二八九五平方メートルに、南側の面積が二三八〇平方メートルから二八九五平方メートルに、南側の区分所有者数が九六三名から九七五名にそれぞれ増えたことは前記(第二、一及び二)したとおりである。

右の事実によれば、被告は、原告に対し、本件土地について九七五分の一の持分移転登記をする義務があったと言わねばならない。

二  契約変更についての原告の同意の有無(被告主張2関係)

(一)  被告主張2(一)の事実は、第二、三4で前記したように認められるが、原告が代表幹事の一員として加わっているとはいえ、団体の意思表示をもって、当然に団体の構成員の一員にすぎない原告の意思表示がそれと同じものとみなすことはできないところ、前記したような経緯に照らすと、右事実の存在のみで、原告がその当時、南側汚水処理場敷地を全体共有地とすることに同意していたとは認めることができない。

(二)  被告主張2(二)の事実も、第二、四3・4で前記したように認められるが、前記したような経緯に照らすと、総会の席上積極的な反対の意思表示をしなかったからといって、積極的に同意したものとすることはできない。

(三)  してみると、原告が南側汚水処理場敷地を全体共有地とすることに同意したものと認めることはできない。

三  権利濫用該当の有無(被告主張3関係)

被告は、原告において本件土地が全体共有地ではないと主張することは権利の濫用に当たるものと主張する。そこで、以下、この点について判断する。

1  船橋グリーンハイツ団地管理組合の管理規約において本件土地も団地全体共有に属し、各区分所有者の持分割合が二二三三分の一と規定されていること、本件土地を全体共有地とする持分移転登記が二二一四戸についてなされ、現在、原告と同じように本件土地について持分移転登記をしていない者は一九戸にすぎないこと、本件団地においては既に一〇年以上に亘って本件土地も全体共有に属することを前提として管理等の徴収割合が決められ、それに従って現実の徴収も行われてきたことは、前記第二、三4、四3及び五において前記したとおりである。右の事情によると、原告の登記請求を認容する場合には、本件団地内の管理組合や、他の区分所有者に大きな影響を与えることは明らかである。管理規約の改定の検討だけでなく、管理費用等の徴収方式を原告と同様に本件土地を全体共有としない者については全体共有とした者と差異を設けることとするかどうか、設けるとした場合には、過去まで遡って改定し、不足分の徴収・過払分の返還をすべきかどうかの検討を要するに至ると推定されるからである。南北汚水処理場の敷地面積を対比すると、前記したように、本件証拠上確定測量の結果の比較はできないが、当初の予定では北側八四〇平方メートル、南側二三八〇平方メートルであるところ、北側の区分所有者数は一二五八人であり、南側の区分所有者数は九七五人であるから、一人当たりの面積は南側の区分所有者の方が広くなるので、面積割合で団地の管理費等を負担すべきときには、南側の区分所有者が負担すべき割合が多くなり、北側の区分所有者の負担すべき管理費等が少なくなるが、人数割りで管理費等の負担を考えなければならないときは、北側の区分所有者が多くなると推定されるから、負担すべき管理費等の算出については、諸要素につき慎重な検討が要請されることとなろう。

また、登記手続の上でも、原告につき九七五分の一の持分移転登記をする場合には、他の区分所有者との間で解決が容易でない事態が生ずる。例えば、原告について本件土地の持分九七五分の一の持分一部移転登記を先行させると、本件土地について持分移転登記を経ていない他の区分所有者の中に持分二二三三分の一の持分移転登記をすることができない者が出て来ることは明らかであり、他方、北側汚水処理場敷地についても、持分二二三三分の一が宙に浮いてしまうことになる。しかも、第二の二で前記したとおり、北側汚水処理場敷地は他の全体共有地と一筆として登記されているから、原告主張の登記をする場合には、北側汚水処理場敷地とそれ以外の土地とに分割し、全体共有地の部分については、原告につき二二三三分の一の持分移転登記をする必要がある。これに対し、他の区分所有者全員が二二三三分の一の持分移転登記終了後に原告の七五一分の一の持分移転登記をしようとするときは、原告の登記をするに必要な一六七六九八三(二二三三×七五一)分の一四八二(二二三三-七五一)を原告以外の全区分所有者二二三二名から受け戻してこなければ登記できないことになる。その上、分譲後に相続が開始していると、対象者の数も増加する。これに対し、北側汚水処理場敷地については、右に述べたように分筆したうえ、二二三三分の一を他の区分所有者二二三二名に再配分(一名宛四九八四〇五六分の一)することになり、登記手続をしないため、宙に浮いてしまう持分も残存することが推定される。前記認定のとおり、本件土地について持分移転登記を終えていない者が原告を含め一九名あるため、事実上は、原告主張の登記をすることはできないではないが、理論的には、右後段のように他の全区分所有者から持分の一部ずつを受け戻してこなければならず、そのような登記処理をすることは、費用面のみならず、手続の複雑な点から、事実上不可能に近いと言わねばならない。

2  一方、原告が所属したみどり台自治会も、本件土地を全体共有とすることに積極的に反対していたわけでなかったこと、原告自身も、提案した条件が満足されることを前提としているものではあったが、本件土地を全体共有とすることを認めて良い旨を示唆したことがあったこと、原告も、管理組合設立に際しては一旦本件土地を全体共有とすることに異議を述べたものの、その後異議を撤回し、規約成立後一年以上経過してから再び同じ問題を持ち出したことは前記したとおりである。

右のような経過によると、原告の本訴請求は、いいがかりに近いものと言えないではない。原告は、提案した条件を受け入れていれば本訴提起に至らなかった旨供述するが、原告の提案した条件が、固定資産税を被告が負担するとか、登記費用(登録免許税を含む。)を昭和五〇年当時の費用・手数料等で計算すること、謝罪文を提出すること等被告において受け入れ難いものであることに照らすと、原告の提案を被告が受け入れなかったとしても、被告を責めることはできない。原告の本訴請求も、前記認定の事案の概要並びに原告の主張及び供述から、みどり台自治会との対応に関する被告の不誠実さについての行為責任を問うことを主眼に訴えているもので、登記請求はその一手段にすぎないと窺われる。

3  しかし、本件土地と南側汚水処理場敷地とは面積も異なり、また、南側の区分所有者数で本件土地を除した割合と、北側の区分所有者数で北側汚水処理場敷地を除した割合とも異なり、単純な数字の比較の上では、全体共有にすると南側区分所有者に不利になることは前記したとおりであり、このような状態にある以上、契約内容を変更するには、各区分所有者の同意を要し、管理組合規約で決することができる性質のものではない。そして、原告の同意があったと認めることができないことは、前記したとおりである。

4  以上の諸事情を総合すると、原告に登記請求権の存在することは認められるものの、現時点になっての登記請求権は、事実上不可能なことを求めるものであり、しかも、これまでの経緯からも、原告主張登記の実現を求めるのが、他の意図によるものと推測できるので、権利の濫用に当たるものとして、行使を認容することはできない。

四  不法行為の成立の有無

1  原告の登記請求が現時点では権利の濫用に当たるものとして認められないとしても、このような結果となったのは、原告の同意を得ることなく、他の区分所有者との間で本件土地につき持分移転登記をしたことに起因するものであり、反対する者が存在するのに本件土地につき全体共有としての登記処理をすれば、そのような処理に反対している者の権利を侵害する結果となることについて被告の担当者は十分認識していたものと推定することができる。したがって、被告は、それにより原告が被った損害を賠償する義務がある。しかし、前記認定した経緯によると、原告においても、本件土地を全体共有とすること自体に強く反対するに至ったのは最近に至ってからのことであり、大部分の区分所有者が本件土地につき全体共有として二二三三分の一の持分移転登記をした昭和五一年頃には本件土地を全体共有地とすることに反対する意思が明確になされていたと認めることもできず、結局、原告に損害が生じるに至ったことについては、原告が当時強く反対しなかったことも影響している。原告の右落度は損害算定に当たり斟酌するのが相当である。

2  そして、南側区分所有者数で南側汚水処理場敷地面積を除した数字と北側区分所有者数で北側汚水処理場敷地面積を除した数字を比較してみると、正確な数字は、北側汚水処理場敷地が他の全体共有地と一筆として測量されているため明らかではないが、区分所有者一人当たりの面積は、南側の区分所有者の方が約二平方メートル前後広いことは既に述べたとおりであり、右に述べたように損害の発生については原告にも落度があったと言わねばならず、それも損害算定に当たっては斟酌すべきことを考慮すると、被告が原告に対し負担すべき損害賠償額は、金四〇万円と算定する。

3  原告が被告に対する訴え提起を原告訴訟代理人に委任し、三〇万円の弁護士費用を支払う旨約束したことは弁論の全趣旨により認められるが、右認容損害額に照らすと、被告が負担すべき相当性のある弁護士費用は、右金額のうち、金一五万円とするのが相当である。

4  してみると、原告の被告に対する損害賠償の請求は、金五五万円及びこれに対する損害発生後であることが明かな昭和六二年九月三〇日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がない。

五  結論

以上のとおり、原告の被告に対する請求は、金五五万円及びこれに対する昭和六二年九月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、これを超える請求及びその余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久)

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